上杉鷹山とは
上杉鷹山公上杉鷹山は戦国武将として名高い上杉謙信から数えて10代目、また 初代米沢藩主上杉景勝から9代目にあたります。
鷹山が養子となった頃の上杉家は、当時財政困難の危機に瀕していました。鷹山は自ら勤倹の範を示し、人材を登用するとともに、学問を広め、産業の振興藩政改革に英断を振いました。七卿の強訴や天明の飢饉などの不測の事態にもよく対処し、疲弊した民心の回復を図り、失墜した藩政を一新して米沢の窮地を救った名君でした。
「為せば成る」という名言を鷹山は残しています。「為す者は常に成り、行く者は常に至る」 (その気になってやり続ければ必ず成し遂げられるし、目標を定めて進み続ければいつかはそこに到達できる。『曇子春秋』内篇・ 雑下)を基に、鷹山は「なせばなるなさねば ならぬ…」と一首の和歌として家臣たちに示しています。
所蔵者/米沢市
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